(株)アネ゙デパミ゙のブログ

くだらないことをさらにくだらなく

食パンに関する幾つかの考察

 残業を終えた私はオフィスビルを後にするとコンビニに向かった。

 終電間近だったこともあって、大阪淀屋橋のオフィス街は昼の喧騒が嘘のように静かだった。ビルを抜ける風が身を震わせる。

コンビニで缶ビールを買い、軽くあおりながら歩いていると、恐らく酒に酔っているであろうカップルが大声で何やら話していた。普段であれば気にも止めなかったであろうが、カップルの言葉に私は足を止める。

 

「『食パン』の『食』って何やねんと。パンは食べられること前提やろ?」

 

彼の主張は、こうだ。

世の中に「食すことが出来ないパン」という対立項があるのであれば、確かに「食」という表現を入れるのは分かるのだが、パンはそもそも食すために作られているのだから、わざわざ「食」と付けなくても良かろうと。

つまりこれは、「パンはパンでも食べられないパンを私たちはパンと呼んでいいのだろうか?」という非常に高い哲学性を持った問なのだ。

 

食パン。毎日食べているにも関わらず、私達は当たり前のように「それ」をそのように呼んできた。

もしかするとそのように「呼ばされてきた」のかもしれない。

 

今一度私達は食パンについて考える必要がある。人間が考える葦なのであれば、考えられない食パンはいつまで経ってもただの食パンだ。考えられない麦だ。

 

そう思った私は、もう一度食パンについて考えてみることにした。

 

 

 子供の頃のテレビの記憶はほとんどがニュース番組である。

 私の父はバラエティやアニメの類が嫌いだった。父の部屋にも桂米朝立川談志のカセットがあったからお笑いの類が嫌いという訳では無いようだったが、どうも今風のお笑い番組は肌が合わないらしい。

 今ではおなじみの年末年始のお笑い番組など観ていようものならば、「五月蝿い学芸会」と切り捨て、少しでも静かな番組は無いかとザッピングをする。私の父はバラエティやアニメの類が嫌いだった。

 そんな父がいつも観ていたのはニュース番組である。政治から経済、悪質な事件などを散散観て回って「莫迦じゃないのか」と独り言つ。それが父のテレビの楽しみ方である。

 子供の教育のためか、はたまた自身の唾棄を満たすためか、父は私がニュース番組以外を積極的には観させようとしなかった。功を奏したのか弊害が生まれたのか、私は周りの子達と合わせる話題はそこそこに、世情には非常に詳しくなった。先生や友人の母親には「お利口さん」と褒められた。

しかし、どれだけ周りの大人に褒められたとしても、私は友人が羨ましかった。

実のところ、私はニュースが嫌いではない。今でも国内外問わず、世情には明るい方だと思うし、当時もそうであった。父を恨んでいるわけでも無いし、寧ろ感謝をしている。

しかしながら、友人たちが話していた戦隊モノや人気のアニメの方が、やはり、観たかった。

子供の社会において、流行りを逃すのは大きなディスアドバンテージだ。クラスでは昨日のアニメが面白かっただ、あの番組がどうだといった話題になるからだ。そういった話題を振られると私は、曖昧な返事でお茶を濁していた。

 

それから十幾年が経ち、私は大人になった。一人暮らしをし、自由にテレビ番組を選んで観ることができるようになったのだ。

私は手始めにずっと観たかったドッキリ系バラエティを観た。年末にはお笑い番組をこれでもかと録画し、片っ端から観てまわった。

友人にオススメのアニメを教えて貰ったら選り好みせずとりあえず観た。

 

しかし、何事にも飽きは来る。

何の番組を観るのでも今やほとんど惰性で観ていた。

 

その日も特に何を観るでもなくテレビを眺めていた。そしてその番組は始まった。

ア〇パ〇マ〇である。

「子供の頃も結局観なかったな」

そう呟いてからウイスキーを煽り、暫くぼうっと眺めていると、私の中である疑問が浮かび上がった。

 

「たぶん食パンマンも顔が汚れたら力が出なくなるんだろうけど、例えばジャムとかバターとかチーズとかが塗られても力が出ないんだろうか?」

 

 

 

 

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――10日後

返事が来ない。

私の問は、インターネットの海に消えてなくなった。

 

「―――また誰も私の質問に答えては、くれないのか。」

そう呟いた私はこう思った。

「俺がセンター側の人間なら絶対にこたえないな」

 

 

 

戸棚にあった食パンを勝手に食べてごめんなさい。もうしません。

ちょっとした出来心だったんです。戸棚にあった食パンを勝手に食べてごめんなさい。もうしません。

お屋敷を掃除していてちょうどキッチンの戸棚が空いていて。戸棚にあった食パンを勝手に食べてごめんなさい。もうしません。

そんな中、ふかふかして、茶色く色付いていて、如何にも美味しそうでして。戸棚にあった食パンを勝手に食べてごめんなさい。もうしません。

御主人様がこれっぽっちもご飯を下さらないものですから、つい。戸棚にあった食パンを勝手に食べてごめんなさい。もうしません。

 

ああ、鞭で打たないで!ああ、鞭で打たないで!!戸棚にあった食パンを勝手に食べてごめんなさい。戸棚にあった食パンを勝手に食べてごめんなさい。戸棚にあった食パンを勝手に食べてごめんなさい。もうしません。もうしません。もうしません。もうしません。もうしません。もうしません。

 

 

 

8枚切り食パンは、あまり大阪では見ない。

大阪に何十年も住んでいるぼくの祖母からすると、あれは気取った食べ物らしい。

「あんなんでお腹いっぱいになるかいな。少食を装ってお高く止まってるんや。朝から元気出すにはやっぱ5,6枚切りの食パンやで。」

そう強気に言い放った祖母は、次の日間違えて8枚切りの食パンを買ってきた。

 

 

 

まあなんてこったい!!

戸棚に置いてあった食パンをあの小汚い奴隷が食べてしまったんだね!!

たっぷりとお仕置きをしてやらないとねぇ!!

戸棚に置いてあった食パンを食べたのはお前だね!!こっちは全部知ってるんだよ!!使用人のジェームスがすべて見ていたのだから!!

戸棚の!!食パンを!!食べるな!!戸棚の!!食パンを!!食べるな!!戸棚の!!食パンを!!食べるな!!戸棚の!!食パンを!!食べるな!!戸棚の!!食パンを!!食べるな!!戸棚の!!食パンを!!食べるな!!戸棚の!!食パンを!!食べるな!!

 

 

(おしまい)