(株)アネ゙デパミ゙のブログ

くだらないことをさらにくだらなく

【その他】ブラック企業を辞めた私の友達

2014年11月20日、「2014年 ユーキャン新語・流行語大賞」のノミネート語が発表されました。今やすっかりお茶の間の仲間入りを果たした某予備校講師の「今でしょ」やNHK朝の連続ドラマの「じぇじぇじぇ」と言った、今でも記憶に新しい物ばかりでしたが、その中に一つ異彩を放つ言葉がありました。最近よく聞く「ブラック企業」というやつです。

今や説明は不要かも知れませんが、「ブラック企業」というのは、一般的にはこのような企業を指すといわれています。

 

長時間労働・ハラスメントが常態化している
②残業代や手当の未払いなどの違法労働が行われている
③採用・離職が繰り返され社員が「使い捨て」状態になっている

 

流行語になったこの言葉は大変な反響を呼び、「ブラック企業許すまじ」という共通見解のもと、「うちの会社はブラックなんじゃないか」「こんな事があって云々」と言ったネット上の書き込みはもちろん、「ブラック企業大賞」という毎年行われているイベント、果ては「うちの会社はこうで」「いやうちの会社の方が」といったブラック企業自慢なるひねくれた性質のものまで出てきているそうです。

 

この事態に安倍政権も、「働き方改革」なる旧態依然の労働環境の改善を経済界に求めることとなりました。

その改革の波は、大方の予想に反して、表向きには割とスムーズに浸透し始めているように思います。

 

そんな中、「如何にブラック企業と認定されないようにブラック企業であり続けるか」という考えを巡らすずる賢い経営者もいるようです。いわゆる「隠れたブラック企業」と呼ばれる会社です。

 

この物語は、そんな日本社会や企業、人に翻弄された1人の新卒のお話です。私の大学時代の友人である「彼」は、非常に快活な人間でしたが、久しぶりにあった姿はそのような人間とは遠く離れた、疲れ切ったものでした。

私は「彼」の頼みでこの物語を書いていますが、プライバシーや企業知名度を考慮し、本編で出てくる会社名や職種・団体及び個人名は架空のものです。

疲れ切った「彼」も私も、彼等を断罪するつもりは毛頭もありませんし、物語が重くなり過ぎないように、所々にユーモアも混ぜていこうと思います。

ただ、皆さんには「こういった世の中もあるんだな」と少しでも知って頂けたらと思います。

 

色々な人に知ってもらうことが、遠回りでも皆さんのためになるのですから...

 

【6月 埼玉のオフィスにて】

「なんでこうなるんだよ?」

デスク越しに怒号が飛ぶ。他の社員やアルバイトが全員その場で息を引き取ったかのように、整理整頓もままならなく狭い事務所はしんと静まり返った。

「大変申し訳ございませんでした。」

真っ白な頭の隅の隅から何とか謝罪の言葉を絞り出す。蚊の鳴くような声だったが、静まり返った事務所ではそれで充分だった。

新人は、なるほど、上司の叱責も偶には役に立つことがあるのだな、と下らないことを考えて現実逃避をしていたが、般若よろしい上司の顔がそれを赦さない。

「今月の目標の厳しさは知ってるよな。どうやって補填するつもりだ。言ってみろ。」

分かってたら最初からやっている、という無力な反論をぐっと飲み込んで新人は言う。

「何とか致します。必ず。」

 

専門的な知識を大学で学んだ理系の学生は、多くが研究職や技術職に就くこと多いが、文系出身の多くは営業職に就くことになる。その割合は9割越えと非常に高く、小森春樹も例に漏れず営業の道を選んだ。選んだ、というと少し語弊があるかもしれない。彼は望んで営業職に就いた訳では無く、多くの就活生よろしく、されるがままに営業に配属されたのだ。

彼は大学では言語学を優秀な成績で修め、研究者の道を志していたが、いつ食いっぱぐれるか分からないこのご時世、両親の強い反対もあって一般企業への就職を急遽決めたのだ。

非常に苦労はしたが、何とか勝ち取った内定、彼は説明会や人事面談で講釈頂いたことを疑いもせずに、高校受験や大学受験向けの教材出版・サービスの会社で働く事になった。

 

「ハゲダルマに搾られてたみたいだけど、大丈夫かよ」外回りに行こうとした新人に2年先輩の木村が声をかける。

「大丈夫です。僕が悪いですから。」

「いや、今回はしょうがないよ。いきなり法人の大口取引先が出版会社の切り替えを申し出てきたんだ。グリップを握れてなかった俺達先輩のせいさ。」

「でも支店長は『担当者がお前になったんだから、きちんと営業をかけてなかったお前に責任がある』と仰ってました。」

「まあそれは、新人に教えてなかった俺達も悪いんだからさ」

「...」新人は俯き押し黙る。

「そんなに悩むなよ。何とかなるからさ。また飲みにでも行こうぜ。」

助けになっているのかなっていないのかよく分からないありがた迷惑な先輩のフォローに形式的にお礼を述べながら、新人は1人営業車に乗り込んだ。

 

これがやりたかったことか?

そんなことを今更言っても仕方が無いだろう。

今からでも遅くない。研究者になろう。

そうは言っても両親の言うことにも一理あるだろう。

でもそんなに強がってもここでやっていけるのか?簡単なルート営業だって出来てないんだぜ?

それは先輩も仕方が無いと言ってたじゃないか。

でもお前自身折り合いが付けられてないじゃないか。それに今回の補填はどうするつもりなんだ?何か策はあるのか?

「うるさいな!何とかするさ!」

そう叫んだ自分の声と後続車のクラクションの音で新卒は我に返った。

窓を開けていたせいか、大宮駅前の歩道にいたマダムが驚いている。

 

彼は慌ててアクセルを踏むと、川越方面にハンドルを切った。

梅雨時にも関わらずからっと晴れた埼玉の空とは裏腹に、彼の心は大雨のあとの多摩川のように濁っていた。

そう、何とかしなければ...

 

次回【補填】につづく